【わたしがうつ状態の時にして欲しく「ない」ことまとめ】
こんにちは。ヴィレムです。
本日は「わたし」がうつ状態にある時にして欲しくないことを箇条書きでまとめてみます。
・心療内科にかかるように強くすすめられること。
・気分転換をしたら?と言われること。
・寝てばかりいるなと言われること。
・外に連れ出されること。
上記は、わたしの場合、動きたくても動けないので、とても焦るし、心配してくれているのがわかるからとても申し訳なくなります。
わたしの場合、うつ状態にある時は基本的に放っておいて欲しいと思いますね。何も出来ない・動けない自分に絶望しているので、出来ないことを言われるとどんどん落ち込んでいきます。
基本的に本人に「どう接して欲しいか」と確認するのが良いと思います。
放っておいてほしい人もいれば、黙って傍にいて欲しい人もいるかもしれません。
人によってさまざまです。
【それとなくそっと見守る】
これが良いとわたしは考えます。
本日はこれにて。また逢う日まで!
【わたしの参考図書・文書】
こんにちは。ヴィレムです。
本日はわたしが、読んだ本やパンフレット(双極性障害関連)をご紹介します。
あくまで、わたしが読んでタメになったなと思ったものです。また、わたし自身と紹介する本やパンフレットの関係者様方とは一切関係ないことをお知らせします。
『躁うつ病を生きる―わたしはこの残酷で魅惑的な病気を愛せるか?』(新曜社)
これは、実際に双極性障害の診断を受けた本人が書いているものです。
図書館でたまたま見かけて読んでみました。
『同じように考える人、同じような症状の人がいるんだ。』となんとなくほっとし、安心しました!!
詳しくは実際に読んでみてください!
短いですが、今日はこの辺で。
明日は参考にしてる、パンフレット2通のことを書く予定です。
おやすみなさい。また逢う日まで!
【血は水より濃いか?】
こんばんは。ヴィレムです。
今回は【子供は親の思い通りにならない】というテーマで書きたいと思います。
文面だけ見れば、多くの方々が頷くことでしょう。
2歳の子供なんかは『魔のイヤイヤ期』なんて言いますしね。
ただ、
子供は親の思い通りにならない。子供は着せ替え人形ではないし、親の夢の実現装置じゃない。
こんな風に言ったらどうでしょうか?
きっと怒ったり、悲しんだり、反発したりする方も多数出てくるかもしれません。
皆さんはどう感じましたか?
今日は短めでさようなら。
続【先生と本人と付き添いと...】
※この記事は前の記事のつづきです。
こんにちは。ヴィレムです。
さて、
人はを他人を(家族であっても)別人格であるため理解できない。
というお話の途中でした。
上記の文章をそのままストレート読むととても冷たい印象を受けることでしょう。
しかし、立ち止まってよく読んでみましょう。行間を読むってことですね。
よく考えると、当たり前ではありませんか?
例えば、親友同士の2人の人間がいたとします。
『この2人はとても仲が良く、周りからも親友だと認められていました。
しかし、趣味やファッションなどまるで違いました。
それでも2人が仲良くいられたのは、お互いのことをただ認めあってたからでした。
「あなたは○○が好きなんだね。素敵だね。」
「あなたは○○が似合うね、素敵だね。」
と思っていたし、口にも出していました。
もちろん衝突することもあります。お互いに譲れないものがあるからです。
しかし、
【理解は出来なくても認め合うことが出来る】
これが2人が親友になったきっかけだったのかもしれません。』
いかがでしょうか?
これはわたしと親友のエピソードのひとつです。
Mr.Children『掌』『くるみ』という曲をご存知でしょうか?歌詞を参照しながら聞いてみると、エピソードの理解が深まると思います。
長くなりそうです。次に続きます。
次回は【家族と認めあうということ】をテーマに書きたいと思います。
ではまた逢う日まで!
【先生と本人と付き添いと...】
こんばんは。ヴィレムです。
今回は
主治医
双極性障害の診断を受けた本人
付き添いの方
上記の立場の違う人たちの関係性や相性について書いていきたいと思います。
3つの立場の人間が集まって結束すれば素晴らしい力が湧くこともある。三人寄らば文殊の知恵ともいいますし。
しかし人が3人以上集まったら...トラブルが起きることだってあります。だって自分は他人にはなれないし、他人だって自分になれないのが当たり前なんだから...意見が完全に一致することは、ほぼ不可能だと私は考えます。
前々回、前回の記事に繋がるお話です。
人は他人を完全に理解し合うのは難しい
とわたしは常々思っています。
例えば、母親だから子供ことを全て理解はできない。子供には子供独自のコミュニティが存在し、そこからの影響があると思うからです。
だから、子供のことがわからない、考えていることがわからないのは当たり前なのです。
家族と言えど別人格ですからね。
わたしは、主治医や友人にそのような趣旨のアドバイスを受けて、救われた経験があります。目からウロコ...心が楽になった感覚でした。
ずいぶん冷たいことを言ってるなと思った方もいるかもしれません。
私自身、なんて自分は冷たい人間なんだ!と思い悩んだ時期がありました。
長くなりそうです。今回はこの辺で。また逢う日まで!